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Program “Sou”
[01/フォルダ1/Save Data/Program “Sou”]
セーフモード
ネットワークを検索中…
XXX-XXXX-XX のパスワードを入力してください。
XXX-XXXX-XX に接続中…
Wi-Fi:入
更新データをダウンロードします。
更新データのダウンロードが完了しました。
更新データのインストールを開始します。
この操作はバックグランドで有効です。
セーフモードを終了し、Program “Sou” を起動します。
パスワードを音声入力してください。
◇
「おはよう、蒼くん」
まぶたを開けると視線の先には見慣れぬ天井があった。そこから声がした方に目を動かすと眼鏡をかけた男性がこちらをじっと見ていた。彼の髪で隠れていない方の瞳と目が合う。
「あれ…まだどこか具合悪いのかな?」
ベッドから起き上がり、無機質で無彩色な家具を視界に入れていく。
足を下ろすと冷たくて硬い床を感じた。
今まで何をしていたのか思い出せない上に、知らない場所で知らない人に話しかけられて思考がパンクしそうだ。この人が言っていた蒼とは…自分の名前だろうか。
「無理もない。君はご両親と外出先で事故にあったんだよ。病院で懸命な治療を受けたけど、残念ながら君しか助からなかった」
「事故…?両親…?」
更新データのインストールが完了しました。
「そうだ…そういえば、僕が小学生になったお祝いに旅行に行く途中だったんだ」
大好きなレインボーレンジャーのテーマパークに行けなくてガッカリだ。
そんなことよりもママとパパにはもう会えないのだろうか。
「思い出したみたいだね。大変な時に申し訳ないんだけど、君には今日からここで暮らしてもらうよ。引き取り手が見つからなくてね…」
そう言うと男性は椅子から立ち上がり、何かを手に取り胸元に近づけてきた。
名札だった。
【蒼-Sou-】
自分の名前が書かれた、クリップで胸ポケットに留めるタイプの名札だった。
表面が部屋の照明に反射して少し眩しい。
「分かった?蒼くん」
「ママとパパに会いたい。連れて行って!」
「ごめんね。もう…会えないんだよ」
壁と床の白が目の奥に突き刺さる。
眼鏡が反射している男性の姿がどんどん歪み、思わず下を向くと目から落ちた水が膝を濡らした。
体の芯が熱い。
「よしよし、早いけど今日はもう寝たほうがいい。一度にいろいろ説明しても理解できないでしょう。はい、横になってごらん」
「うん…」
どうしたら良いか分からない苦しさに、男性の言葉にただ従うしかなかった。
ゆっくりとベッドの沈みを深くし、男性が布団をかけてくれたところを見届け、まぶたを閉じた。
キャッシュクリア完了
バッテリー残量38% 充電中
約4時間後に充電が完了します。
◇
同じ白い天井だ。先程の出来事は全部夢で、実はテーマパークに向かう途中の車の中で寝ていた、なんて淡い期待は打ち砕かれた。
ベッドから起き上がると、足から続く床の先にドアの影が見えた。金属質で冷たいドアノブに触れそのドアの向こうへ歩みを進めようとしたところ、ちょうどこの部屋に向かってきたであろう先程の男性とぶつかった。
「うわっ」
「うわ、ごめん!ちょっと今手が塞がってて。部屋まで戻って来てもらえるかな」
ぶつかった時の衝撃で彼の服の匂いだろうか、汗が混じったさわやかなフローラルの香りがした。廊下の窓から差し込んでいるオレンジ色の光が、眼鏡のあたりまで積み上げられた物をなぞっている。この物のせいで自分が視界に入らなかったのだろう。男性と一緒に部屋に戻ると重々しい音がした後に古い紙の匂いがした。
「よいしょ…そういえばもう起きてたんだね。おはよう、蒼くん」
「お、おはよう…」
[たのしい!しょくぶつずかん][魔法少女みどりちゃん][でんしゃ大百科][人体のふしぎ-イラストつきでよくわかる!-]……分厚い物から薄い物まで色とりどりの本が揃えられていた。
「あぁ、これ、蒼くんがつまらなくないように図書室から借りてきたんだよ。好きな時に読んで。まだ読みたければ図書室にいっぱいあるから案内するよ」
「フフッ…眼鏡曇ってる」
「えっ!?」
本人は真面目に説明しながら汗を拭っているが、熱気で曇った眼鏡がなぜか面白く感じて笑いがこみ上げる。指摘してからいそいそと眼鏡を拭く姿も面白い。
「んんッ(咳払い)空調が効いていても重労働するとやっぱり暑くなるよ……
あ!そうそう、今日は蒼くんに紹介したい場所があるんだ。ついてきて」
「…?うん」
先を歩いて行った汗臭い彼によってある部屋のドアが開けられ、それと同時に話し声や笑い声、走る足音など今までに感じたことのないざわめきが耳を襲った。何をしているんだろうと注目しようとする前に彼の手を叩く音と大きい声が部屋の隅まで響き渡った。
「みんな〜!今日は新しいお友達を紹介するよ。蒼くん、みんなに向かってお名前言えるかな」
声の波のせいでこの部屋にいる2、30人くらいが一斉に静まり返り自分の方を向いた。名前を言えば良いだけなのに、それすら音にできずに彼に隠れて視線を遮った。とっさにしがみついた彼の服がぎゅうと音を立てた。
「あはは…緊張してるのかな。この子、蒼くんって言うんだけど仲良くしてあげてね。
分かった人〜!」
「「「はーい!」」」
納得したのか早く遊びの続きをしたいのか、それぞれの注目は散り散りになっていった。またざわめきが音を立て始めた。
「じゃあ蒼くん、しばらくここで遊んでてね。また後で迎えにくるよ。」
「…」
「大丈夫、きっとお友達ができて楽しいよ。ほら、あそこにいる子が呼んでるみたいだよ。行ってごらん」
「うん、分かった」
恐る恐る教えられたところに向かうと、赤い夕日に照らされた木の床にたくさんの色の四角い厚紙が散乱していた。それを囲うように4つの人の影が揺れていた。
「あ!きた!蒼くんも一緒にババ抜きやろー?」
「なにそれ」
「順番が回ってきたら隣のひとのカードを引いて、持ってる中から描かれてる絵がおそろいのから捨てていくの。先にカードがなくなったひとが勝ちだよ!」
「そう!でも”じょーかー”っていうカードを持ってると負けちゃうんだよ」
「ふーん…」
説明を言い終わる前から座ろうとしている自分の前にカードと呼ばれる厚紙が配られていく。手際の良さから、この子たちが何回もこれで遊んでいることが分かった。そんな中にぽっと出の自分が混ざったところで勝てるだろうか。
「勝ったらどうなるの?」
「考えてなかった…でも楽しいからやるんだよ!」
「今日のおやつ賭けようぜ!」
「おやつ…?分かった」
無意味な行為を繰り返す意味が理解できなかった。そんなにババ抜きは楽しいのだろうか。おやつというものが手に入るみたいだから、やってみることにした。
青みを帯びていく赤い夕日の中に手を伸ばした。
◇
「…ぇ、ねえってば。次蒼くんの番だよ!さあ引いてくれ」
「あぁ、悪い」
「ほんとやで〜!もう待ちすぎてじいさんになってしまいそうやわ」
「ア〜はいはい。大変申し訳ございませんでした」
ゴーグルを頭につけた緑髪の中性的な人物からカードを引く。思わず舌打ちが出そうな柄のカードが出た。
「あっがり〜!やっぱりボクの計算通りだったね。もっと楽しませてほしかったよ」
このゲームはポーカーフェイスが大事だということを思い出して顔を引き締めた。これでカードが2枚になったが、今引いたのをどうにか次の人に引かせたい。隣にいる金髪に帽子がのった体格が大きい男にカードを向ける。
「ん」
「むーん…どないしよう〜。こうなったらもう直感で選ぶで!えいっ、こっちや!」
引かせたいのと逆のカードが引かれた。金髪の男の声が部屋に響き渡る。
「よっしゃあ〜!あがりや!」
「チッ…」
自分が放り投げたジョーカーがガラステーブルの上に滑りながら着地する。
「今日の差し入れのおやつ、君の分までボクとダンくんで二等分していただくよ!」
「そういう約束だったからな。仕方ねぇ」
「わーい!差し入れなんやろうな〜」
ごそごそと差し入れを漁って盛り上がるダンとミドリの声をよそに、ソファに仰け反りかえって背後の夕日に染まった窓の外を眺める。
思い出せば小さい頃もよくババ抜きで負けたっけ。賭けていたおやつを食べられなくて落ち込んで先生の服を涙と鼻水で汚したな。先生は困ったように笑いながら、結局見かねてこっそりお菓子を買って来てくれたんだった。
先生、お元気ですか。
昔の俺からは想像もできないでしょうが、今、アイドルをしています。
正直向いてないと感じる時があってやめようかと考えていましたが、先生が隣にいたらあの時のように背中を押してくれるだろう、そう思ってもう少し頑張ってみることにしました。
今度は俺がたくさんのお菓子を持って先生の元に会いに行きます。
その時まで、どうかお体にお気をつけて。
蒼