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激昂

Author:ちゃだ

レッドとブルーが攫われた。そうグリーンが伝えにきたのは、つい1時間ほど前だ。
そんなことをするのは「奴ら」しかいない。
ようやく敵の潜伏先を突き止めて、あとはタイミングを伺って突入する、というところだったのに…。
こちらの動向を読んで、先回りされたか。
バイオレットは悔しさに歯噛みしそうになる。しかしここでは自分が冷静にならなければ。考えるのは、自分の役目だ。
今突入したところで、相手は万全の体制を整えているだろう。それに対し、こちらは2人人質を取られた上で、まだ準備もできていない状態だ。
それでも、行くしかない。
今出来るだけの準備をし、グリーンを偵察に向かわせた。
合図が来たら、突入する。

30分が過ぎた。
10分前に「アジトについた」という報告が来たきり、連絡が途絶えている。
……これは。まさか。

◆◆◆

立ち入った敵の本拠地。入ってすぐのところに、まるで見せつけるかのように柱にくくりつけられ、全身を傷つけられ気を失ったブルーとグリーン、2人の姿。
まるで、ではなく、まさしく「見せつけるため」なのだろう。
周りに人影はない。どう考えても、罠だ。判っている。判っているが、だからといって進まないと言う選択肢などない。
しかもここにはいない、レッド。
彼女がどんな目に遭っているかと考えると、いてもたってもいられなかった。
ひとまずブルーとグリーンを下ろし、安全なところへ運ぶよう、イエローに指示する。こういった力作業は、彼の得意分野だ。
「おい! 一人で入ろうとか考えんなや? 俺が戻ってくるまで、絶対そこおれよ! 動かんときなや!  絶対やで!?」
そう言って駆けていく彼の後ろ姿を見送り、一人歩を進める。
待つだなんて到底、できそうになかった。

◆◆◆

おかしい。人がいない。
初めは罠を警戒していたが、ここまで何もないと不信感が募る。
まさか、突入してくると思っていなかった?
そんなことはない。柱に2人が括りつけられていたのが何よりの証拠だ。では、何故。
一瞬の思考が隙を産んだ。何もなかったせいで、若干の油断があったかもしれない。
その一瞬に、不意をつかれた。
赤い光が視界の隅を疾る。咄嗟に避けたが、右足が掠った。
幸いつま先が少し溶けただけで、歩行に支障はなさそうだ。
もし生身の足だったら痛みに立てなくなっていただろう。義足でよかった、なんて思っている暇などない。バランスを崩した体が、床の一部が消えて代わりに現れた穴に落ちそうになる。深い底の奥に一瞬光って見えるのは、まるで大きな剣山のような、光る棘の絨毯。
落ちたら全身に穴が開くだろう。
咄嗟に穴の端を掴もうとしたが、指が滑った。
もうだめだ、そう思った瞬間。
「…ふっ、ざけんなよ!!!!」
壁を震わせるほどの大声と同時に、大きな手が手首を掴む。
普段の飄々とした表情からは想像もつかないような険しい形相に、思わず状況を忘れ、見入ってしまった。
「一人で動くなっつっただろ!! 聞いてなかったんかてめえ!!! 何度も念押したろうが!!!!!」
その巨体に見合う力で易々とバイオレットを引き起こしながら声をあげる。
「この状況わかってんのかよ! いっつもそうだ、何でもかんでも人に頼ろうとしないで! 自分で全部なんとかできると思うなよ! すでに3人やられてんだ、1人じゃやばいって分かってんだろ!? 聞いてんのかおい!」
いつものふざけたことを言う関西弁じゃない。けれど、紛れもなく彼はダンだった。
「……は、はは。すごい声でいつもと口調違うから、一瞬誰か解らなかったよ」
呆然としたように言うと、彼ははた、と気づいたように目を見開いた後、若干気まずそうに目を逸らす。
「……そんなんええから。もっと自分大切にしい。また足持ってかれるようなことがあったらどうすんねん」
実は若干持っていかれそうになった、というか一部溶けている。とは言えず、素直に謝る。
「……そうだね。先走った。ごめん」
「仲間のあんな姿見て焦る気持ちはわかる。レッドがどうなってるのかと思うと、焦らん方がおかしい。俺だってそうや。でも、焦ったってなんもいいことあらへん。ミスが増えるだけや。そんなん、己が一番わかっとるやろ」
「君のいう通りだよ。……おかしいね。いつもは君が調子に乗って先走って、それを僕が嗜める立場なのに。逆だ」
「ホンマやで。まさか俺があんたにこんなこと言う日が来るとは思わなんだわ……」
正直、敵に隙をつかれた時よりも、口調の変わったダンの方が驚いた。
そして、掴まれた大きな手に今まで以上に頼もしく、感じた。
「おかげで冷静になれたよ。ありがとう」
「ならええわ」
今も敵はこちらの隙を伺っているのだろう。
また隙を見せれば、狙われる。どこにどんなトラップが仕掛けられ、いつ発動されるかわからない。けれど。
「そんじゃ、覚悟決めんで」
「ああ」
先程までの焦りはもうない。この男になら、背中を任せられる。
2人ならきっと大丈夫。我らがレッドを助け出せる。
「いくで!」
二人は奥へ続く真っ暗なその先へ、足を進めた。

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