Novel
小説
博士と企業
とある企業からの技術協力してほしいとの要望を受け入れたのは、魅力的な報酬だけでなくその企業の目的と私の目的に似たものを感じたからだ。
企業の目的は、「かつて存在した歌姫の量産」。
このプロジェクトに関われば、私の目的である「かつて存在した少女の再現」に大いに役立つだろう。
試作品と思えばよい。
実験施設、人員、研究費は十分以上に与えられた。そこにこの私の知識と技術を合わせれば、「かつて存在した人間の肉体を制作」するまでは容易だ。
しかし一番重要で最も大きな問題がある。
「精神形成」である。
肉体をいくら再現できても、その中身がなければ意味がない。
いわゆる”魂”を入れ込むのは神の領域だ。
我々は何度も失敗した。
量産用の”魂”を形成することは人間には不可能だと思い知らされた。
1体目は魂のない人形、2体目は同じことを繰り返すだけの木偶の坊、3体目は精神の混濁からまともな言葉を紡げなくなった。4体、5体、さらに繰り返してようやく完成品が生まれた。
「製品番号:X-XXXX」だ。
彼女は性格、歌声、表情、思考、すべて完璧だった。
実験は成功した。成功したのだ。あとは量産体制に入るのみ。
──そう思っていた。
『彼女』は脱走し、最終検査時の記録によれば設定したものと異なる自我の形成の兆候が見られたようだ。
ああ、やはり一から魂を作り上げるのは人間には許されない領域だったのだ。
仕方ない。ならば初めから魂の宿った人間を「直して」いったほうが目的には近いのだろう。
それが分かっただけでも収穫だ。
目的は果たしたし、報酬に十分なだけの働きはしただろう。
私はそのプロジェクトから下り、己の研究に集中することにした。