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専用

Author:ちゃだ

ダンとバイオレットには行きつけのバーがある。間接照明に照らされた店は狭くはないが席数が少なく観葉植物などで仕切られているため、他の客の耳目を気にする必要がない。
マスターも寡黙でこちらの事情をわかってくれており、落ち着いて飲むのにはちょうどいい場所だ。初めはバイオレットの行きつけだったが、いつもバイオレットが行く店が気になって勝手にダンがついてくるようになり、今ではすっかり二人が会う定番の場所となっている。
この店では二人は静かに酒を傾けることが多い。
いつも煩いと自覚しているダンも、ここでは口数が少なくなる。
それでも会話を振るのはいつもダンの方で、バイオレットはそれにぽつりぽつりと言葉を返すのが常だった。
「なあ、ヴィオラって呼んでええか?」
今日もまた、しばらく酒を飲み交わした後ダンが言葉をかけた。
「どうしたの、急に」
「あんた名前一向に教えてくれへんから。パープルだのバイオレットだの、どれも長いねん! 呼びにくいったらしゃーない」
ずっと思っていたことだった。初めはそのうち本名を聞き出してやるから問題ないと思っていたが、一向に教えてもらえず、せめてあだ名くらい付けたいと思っていたのだ。
普段は勝手に付けてしまうのだが、バイオレットに関しては相手の意思をちゃんと確認したかった。
「じゃあグリーンのように『プルプァ』とかでもいいよ」
「そんな呼び方したら真面目な話するときに気ぃ抜けるやろ……」
グリーンはバイオレットの「紫だったらなんて呼んでもいいよ」と言う言葉に甘え、『プルプァ』だの『プールプル』だの好きに呼んでいる。各国の言語だと言うが、『ウルジュワニ』や『ホショ』と呼ばれてもちゃんと反応するバイオレットはすごいなとひっそり感心していた。
「そもそもダンって真面目な話するの?」
「アンタ俺をなんやと思ってんのや」
「ダンだと思ってる」
ふたりして小さく笑い合う。こんな些細な時間が好きだ。
「てか俺、パープルよりバイオレットの方が似合ってる感じして好きやねん。あんた、赤紫より青紫って感じやろ?」
「そうかな。自分じゃあまりわからないかなあ」
「そやって!俺を信じい」
バイオレットはクールでミステリアスなところが魅力だ。赤紫のような暖色より、青紫のような寒色が似合うと思う。
「いいよ。好きに呼んでくれれば」
やった、と中途半端に飲んだグラスを彼のグラスにコツンと当てる。「行儀が良くないよ」と言われても気にしない。
「じゃあ決まりな。あと、これは俺以外には呼ばせんといてな」
「? どうして?」
「…なんでって……」
本当に鈍いのか、わからないふりをしているのか。
「名前教えてくれへんのやったら、せめて俺だけが呼ぶ名前、ほしいやろ。言わせんなやそんなん」
わざわざあだ名に確認をとってる時点で気づいて欲しい、と若干拗ねたようにチラリと見やる。
無言で微笑むバイオレット──ヴィオラに、「こいつわかってて言ったな」と確信した。
仕方ない。そんなところも好きなのだ。
「な? ヴィオラ」
「……いいよ。君だけの専用だ」
「専用か。ええやん」
明日、他のメンバーに会った時に釘を刺さないとな、と思う。特にグリーン。
これは、俺だけの専用なのだ。俺だけのヴィオラだ。
急に呼び方が変わったらみんなどんな反応をするだろうか。ファンたちは騒ぐかもしれない。もしかしたら、自分たちの中を邪推するかも──なんて妄想しつつ、さっきより甘さの増した酒を煽る。
そんなダンを、いつもの本心の見えない笑みでヴィオラは眺めていた。

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