Novel

小説

ダスティン=ベンカー

Author:ちゃだ

人の為に何かをすることが好きだ。
生まれつきそういう性分だったが、年の離れた妹が出来てからはますますその性分に拍車をかけたと思う。
自分が何かすることで喜んでくれる顔を見るのが好きだ。人の役に立っていると感じると心が充実する。
もしかしたら自分の自信のなさの裏返しなのかもしれない。
幼い頃から両親が多忙で、自立することを求められる子供だった。
それに反発するほど気が強いわけでもなく、ストレスを抱えるほど弱くもなかった。
「しっかりする」ことを求められるまま必要以上に大人っぽく、優等生のように振舞っていた。
周囲の大人たちに褒められ、頼られるのが嬉しかった。
エレメンタリースクールの時、一回りも年の離れた妹が生まれた。自分の半分もないほど小さな手。壊してしまうのではないかと思うほど柔い小さな体。とても愛おしく、そして「守ってやらねば」と、そう思った。
相変わらず忙しい両親に変わって妹の世話は祖父母よりも主にダスティンの役割だった。自分がいなければ何も出来ない小さな命。俺がこの子を守ってやらなければ。少年は使命感に燃えた。
2年後もう1人妹が生まれた。一度経験しているから手馴れたものかと思いきや、全然上手く行かない。同じ親から生まれた同じ性別の子供だと言うのに全く違う。さらに2歳と行動範囲が増え徐々に言葉を喋れるようになった長女は自分が赤ん坊に構っていると直ぐに拗ねて泣いてしまう。
大変の一言では言い表せないほどに大変だった。
しかし、充実していた。
自分がここにいる意味、人から求められ、頼られているという実感。
あの頃の自分に「なんのために生きている?」と問えば、迷わず「妹達を育てるため!」と答えただろう。
自分はこの天使達のために生まれたのだ。彼女らを世話するために生きているのだと。
そんな幼い使命感は、妹が成長すると共に置いてかれてゆく。
女の子の成長は早い。いつの間にか自分を頼ることが減り、「お兄ちゃんあっち行って!」と女子2人だけの世界に入り込むことも多くなった。
妹の成長は、嬉しい。しかし、寂しい。自分の存在意義がなくなってしまったかのような、そんな切なさ。
心にぽっかり穴の空いたような寂寥感は、妹以外の人間の世話をすることで埋めていた。
困っていそうな人が居たらすかさず手を差し伸べ、クラスやクラブのリーダー、ボランティア等も積極的に参加した。
高等部に上がる頃にはすっかり「世話焼き兄さん」のあだ名を欲しいままにしていた。
あまりかっこいいあだ名ではないが、そのあだ名が浸透することで人を手助けしても怪しまれるどころか感謝されるのだから問題ない。むしろ便利に思っている。
そんな「世話焼き兄さん」の世話を焼きたいと思う女性が周囲には常に一定数存在した。
彼女らは「いつも頑張っているダスティーを労ってあげる」ことで自分の魅力をアピールした。
または、共に奉仕活動に参加し肩を並べることを喜んだ。
好意を向けられ、自分のことを思ってあれこれ働いてくれるのはとても嬉しいことだ。ダスティンは真剣な好意は真摯に受け入れた。
老若男女問わず好かれる男は、何故か必ず相手から振られていた。
ダスティンの人柄を知る周囲は皆、何故こんなにもいい男が振られるのだと首を傾げたが、本人はその理由を痛いほどよく知っていた。
「あなたって、優しすぎるのね。私がいなくてもいいんだもの。私がなにかしてあげても全然喜んでくれない。彼女と同じくらい、見知らぬ他人にも優しい。人が良いだけの男」
それが毎度振られる時の台詞だった。

自分では尽くしているつもりなのだ。相手のことを想い、優しくしている。初めのうちは満足しているのに、気がついたら冷めた目で見られている。
料理をすると言うのでコツを教えたら口論になり、鞄を持ち、全てをエスコートすると自分達は主人と使用人ではない、対等な関係だと怒られる。
自分の世話なんか焼かなくていい、むしろ俺が君のために働きたい。そう言うと暫くは喜ぶが、いずれ「私はあなたの妹じゃない」と言われる。
相手のためを思ってしているのに。これが恋人でなければ喜んで貰えるのに。
自分を求めてもらうには相手のために奉仕する事だと思っているダスティンには、それを嫌がる女性の心境を理解しきることが出来ずにいた。
積極的に奉仕活動やリーダーを担っているからか、献身的な女性や自立した女性が周りに多かったせいもあるのかもしれない。
自分には恋愛は向いていないのだろうと感じていたが、人のために一生懸命なくせに自分のことには無頓着な男を支えたいと思う女性は少なくない。
学生時代恋人が数ヶ月と途切れたことはなかった。
そんな男の恋愛遍歴が途切れたのは、大学までやっていた体操競技を辞め、サーカス団に入団した時だ。
妹もある程度大きくなり両親の手も空くようになった頃、ダスティンは将来について考えることが多くなっていた。
体操選手としての能力は認められており、プロへの声掛けもいくつかある。しかし自分の競技に点数を付けられることに、ダスティンは違和感を感じていた。
体操とは、技の美しさや難易度を点数で競い合う競技である。
己の能力を高めるのは好きだ。しかしどうにも、他の選手と比べられるのが好きじゃない。例え自分が圧倒的に同年代に勝っていたとしても、いや、勝っているからこそ、快く思えないのである。
何故美しさに点数を付けられなければならない?
体操は、芸術だ。技術、安定性、雄大さ、そして美しさ。それらをこの身一つで表現する芸術だ。
誰が美術館に飾れられる絵画に無粋な点数を付けるだろうか。そんなことをするのは芸術家ではない。
争うのは己とだけで良い。
そんな思いを抱えたまま、プロになってしまってもいいのだろうか。
 
◆◆◆
 
「お兄ちゃん、サーカス行きたい!」
そう妹にねだられたのは、ちょうどプロになるためのスカウトへ返事を出そうか悩んでいる頃だった。

「この街に世界一のサーカス団がやってくるんだって!」
「近所のおばちゃんにチケット貰ったの!」
「サーカスなんて見たことない! 行こ!!」
妹達にはテーマパーク、サファリパーク、シネマ、旅行等様々な娯楽を与えられるだけ与えてきたが、そういえばサーカスには行ったことがない。
丁度思い悩んでいる所だ。机の前で唸っていても仕方ない。気分転換も兼ねて連れて行ってやろう。
そうして訪れたのが、サーカス「Trompe l'oeil box」──「トロンプルイユの匣」だった。

◆◆◆
  
「Ladies&Gentlemen! 今宵も摩訶不思議な現象をお見せ致しましょう」
口上通りの摩訶不思議な現象を目の前に、妹達は夢中になっていた。
トロンプルイユ──目を騙す。錯覚。
なるほど。確かにここは、錯覚に閉ざされた匣だ。
目を疑うようなエンターテインメント。人間業とは思えないほどの技術。それは、踊る心に「これだ」という確信をもたらした。
 
自分が求めていたのは、これだ。

◆◆◆
  
元々行動は早いタイプだ。世界中を移動して回るサーカスに、次いつ出会えるか分からない。
妹を目の届くところに待たせ、関係者に取り次いで貰えるようスタッフに掛け合った。
初めは怪訝そうな顔をしていたスタッフも、体操競技で学生大会優勝を何度も経験しているダスティン=ベンカーの名は知っていたらしく団長の元へ案内してくれた。
そこからはトントン拍子だった。
話をした団長に、いたく気に入られたのは実績だけでなく人柄もあっただろう。
サーカス団に入るには基本サーカス学校を卒業するのが常だが、体操選手としてある程度名の知られたダスティンは問題なく入団テストを受けることができた。
大学卒業を待たずしての入団となってしまったが問題はない。
それよりも懸念すべきは妹と離れることだ。
これから世界中を飛び回ることになる。今までのように妹の世話をしてあげることが出来ない。
ダスティンにとってはまだまだ幼く心配はあったが、幸い昔ほど両親も忙しくは無いし、近所や学校、周囲の人間にも恵まれている。それにサーカス団の本拠地は実家からそれほど遠く離れてはいないことも知った。帰れない距離ではない。会いたいと思ったら会える。
ならば、行くしかない。
もしかしたら生まれて初めて、自分の為だけに決断をした瞬間かもしれない。
 
◆◆◆
  
流石世界一を名乗るサーカス団。学生時代に優勝常連でプロへの勧誘が数多にあったダスティンでも、ステージに立てるようになるまでに2年近くかかった。

しかし体操経験者とはいえ、これは早い方だと言う。元々の才能を開花させ空中ブランコでの活躍を見せ初めた頃、1人の青年が入団した。
 
年齢で言えば青年だが、見た目は少年と言っても差支えのないその顔立ちは美しく中性的で、しかし意思の強そうなその瞳は男性のものだった。
彼の瞳を見た時に、何故か懐かしさを覚えた。なんだろうと一瞬考え、思い至る。妹に似ているのだ。長女の強気で少し我儘な瞳が、彼と近しいものを感じた。
入団以来忙しく、今までにないほど自分の為だけに動いている。
彼を見て思い出した。本来、自分は人のために動くのが好きだった。
今も観客を楽しませるためにショーをしているし、下働きでもなくなったのに進んでサーカスの雑用を買って出ているが、そうではない。誰かのために、その人だけのために働きたい。支えてやりたい。自分を必要とされたい。存在意義を与えて欲しい。
パフォーマンスはこの団始まって以来の才能だというのに私生活は不器用な彼を見て、その思いは更に深まった。
2年ほどの加入時期の差はここでは大した差ではない。若手として行動を共にすることも多くなり、何となく話すことも増えた。というよりは、こちらから構うことが多くなった。
彼を見ていると、つい世話を焼きたくなるのだ。
そして一方的に構いながら距離が縮まり、ダスティンが若年ながらも団長【キング】という重い責務を担う頃には、彼は重要な相談相手になっていた。
自分が誰かに何かを相談するなんてあまりない事だ。しかも8つも年下の人間を頼るなんて、かつての自分には信じられないことだろう。
しかもその相手は、一見頼ることなんて出来そうにないほど高慢で、自分のことが何も出来ない不器用なところがある。
それでも彼を頼りにしているのは、その精神力の強さ故だ。
人に求められないと自分の価値を見いだせないダスティンと違って常に芯のある男。
人のためを思うからこそ揺れやすい自分と違って、ぶれることのない男。
 
『役儀交付式』の日、彼──エリオットに【クイーン】を授けようと思ったのは、その為だ。
 
支えてやりたい。そして、支えて欲しい。
初めて自分に対しての行動を望んだ彼だからこそ、俺は──。

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