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小説

王の妻

Author:ちゃだ

「お前が本当に女だったらなぁ」
本日のサーカスの演目が終わり、片付けも落ち着いて団員が思い思いの時間を過ごしている頃。
トランプをモチーフとしたこのサーカス団において唯一の【キング】である団長がふと、思わず漏れた、というように呟いた。
「はぁ?」
言葉を向けられたクイーンは眉を顰める。【クイーン】担当ながら、彼は男だからだ。
「いや、綺麗な顔立ちしてるしパフォーマンスもこのサーカス団の歴史で一番だし、努力家で気位も高いから、もし女だったらキングの妻女王にしてやったのになって」
「ハッ、『してやったのに』なんて偉そうに。どの口が言うんだ? この僕に向かって生意気」
「いや、一応これでも団長なんだが…」
「それが何?」
偉そうに脚を組んでふんぞり返る姿にキングは黙り込むことしか出来ない。
事実、団長という肩書きは彼らサーカス団員においてまともに機能したことなどほとんどなく、雑用係と同等の名称となって久しい。
「……ま、そういうのがお前らしくていいと思うよ」
「当たり前。」
ため息とともに漏れた言葉に即座に返しされた言葉に、キングは再度ため息をつきかける。
ただ、その吐息はため息ではなく小さな笑い声となって零れた。
キングは知っている。そうやって偉そうにしながらもペディキュアが上手く塗れず、アクロバティックな体勢で現在5度目の塗り直しをしていることを。
正直そんな体勢じゃ塗れるもんも塗れない……どころか常人にはそのポーズも取れないだろうが、本人は至って真剣なようだ。
だが当然上手く塗れず、はみ出しては舌打ちして拭き取る、を繰り返している。
しかし彼は人に塗ってくれ、なんて絶対に自分からは言わない。自分の納得できるまで何度でもやり直すのだ。
……まあ、爪が痛むからこれ以上塗り直して欲しくは無いのだが。
こうやって苦手なことも自分でこなそうとするプライドの高さが魅力的で、だからこそ人に自分から頼ることができない──そんな強くて弱い所が、自分が支えてやりたい、なんて思ってしまう。
それこそ「妻」になってくれたら、なんて一瞬でも考えるほどに。
「……まあ、『女だったら』の話だけどな」
頭を掻きながら漏れた、言い訳めいたそんな呟きを振り払うように、キングは「俺が塗ってやるから脚出せ」と大きな声で半ば命令するかのように言うのだった。

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