Novel
小説
Happy Trick
「Happy Halloween!Trick or Treat!お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」
「Happy Halloween!はい、どうぞ」
「私も~!」
「わたしも!」
今日は、俗に言うハロウィンで、朝から休み時間になる度に保健室に仮装した女子学生達 がお菓子を求めて訪ねてくる。お菓子をもらうための言葉を受ける度、作業の片手間に、 腰につけたポーチからチョコや飴を渡していた。
満足した様子で談笑しながら帰っていく学生たちを尻目に、ポーチの中を確認する。結構 量があったはずなのに、飴が一つしか残っていなかった。もう放課後になってだいぶ経 つ。今更誰もこないだろうと思い、最後の飴を口に入れる。良いよな、俺も今日頑張った から。自分へのご褒美だ。今やっている掃除が終わったらもう帰ろう。
「Trick or Treat」
「うわっ…!ビックリした」
音もなく背後にやってきた物体に声をかけられる。危うく飴玉を飲み込みそうになった。 白いシーツに目や口などの顔パーツをつけた、簡素なおばけに仮装した誰かだった。誰だ ろう。シーツを被っているせいで声がくぐもっているし、姿も頭からつま先まで隠れて見 えない。
「あぁ…ごめんなさい。もう、お菓子無くなっちゃったんです…」
「…」
おばけがもぞもぞしだしたと思ったら、その白い体の中に、自分も取り込まれる。
「せ、先生…!」
先生だ…!そういえば、少し前に席を外したきり、見かけなかった。あんた一体何やって るんだ…。
先生の吐息が、髪にかかる。
「私にも、飴ちょうだい」
「だから、無くなったん──」
きっと、俺が喋った時に、飴を舐めている口の中を見られたんだ。唇同士が触れたと思っ たら、入ってきた舌に、口をこじ開けられる。そのまま、俺が舐めていた飴を勝手に転が し始めた。味わわれている。さっきより、めちゃくちゃ、甘い。
「…っ…んぅ…」
「…ご馳走様。いちご味だ」
舌舐めずりをする仕草が、妙に官能的に見えてしまう。俺に届く吐息まで、いちご味だ。 耳まで赤くなっている気がする。恥ずかしい。バレませんように。
「学校で…こんなこと…」
せめてもの抵抗で、顔を背ける。
「Trickを選んだのはきみだ。それに、誰も気づかないよ」
ほら、とシーツの裾をひらひらさせながら、不敵な笑みを浮かべている。
「そ、そうですけど…!また、この前みたいなことして…俺を、どうしたいんですか」
「これは、キスじゃない。ただの、味見だよ」
「Happy Halloween」
その言葉と共に、おばけから静かに吐き出される。
まただ!また、そうやって逃げるんだ。何でずっと、余裕そうな顔してるんだよ。俺なん か、こんななのに。
俺に悪戯をしたおばけは、裾を揺らしながら保健室の外へ、ゆっくり歩いて行った。
「飴…残しておけば良かったな…」