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小説
妹じゃない
「僕は妹じゃない」
いつものように我が物顔で団長の部屋を占拠したエリオットは、不機嫌そうに呟いた。
「どうした急に。そんな当たり前のこと」
広くはない自室を陣取られても気にせずダスティンが問う。
「お前はどうにも、僕を妹と同じように見ている気がする」
前々から何となく思ってはいたのだ。ただ、先程まで妹に電話していた姿を見て、たまたま今思い出しただけで。
「…妹にこんなことしたいとは思わないよ」
思わせぶりな手つきで首筋を撫でられる。言わんとしている事が分かり、怒りも相俟ってカッと頬を染めたエリオットはその手をはたき落とした。
「ふざけてるのか」
叩かれた手をあっさりと引くのは本気じゃなかったからだろう。
男は小さく苦笑する。
「…団の皆が家族みたいなものだからな。エルもジョーカーもジャックもエースも、皆妹みたいに大切に思ってるよ」
「…そういうことじゃなくて!」
いつまで誤魔化そうとするのか。
そうはさせまいと上目遣いに睨めば、諦めたように彼はひとつ、小さなため息をついた。
「昔、付き合ってた女にも言われたな、そんなこと」
「はぁ?」
僕が嫌がると分かっていて、昔の女の話を出すのか。
「俺はこんな性分だから、つい世話を焼いちまう。そうすると『自分でできる、子供扱いするな。私は妹じゃない!』ってね」
「あっそ」
「その時は正直、なんで怒ってるのかよく分からなかったんだ。妹扱いしたつもりなんてないし、俺は誰にだって『こう』だからな」
「……」
返事もしなくなったエリオットも気にせず、男はは話続ける。
「今なら、彼女らの言いたいことか分かるよ。知らぬ間にずっと、庇護下に置くべきものとして見ていた。対等だと思っていたが、そうじゃなかったんだ。いつだって俺は相手に弱みを見せることを良しとしなかったし、頼ることをしなかった。……でもな、エル」
過去を思い出すかのように斜め上を向いていた顔がこちらを向いた。
鳶色の瞳に自分の姿が映っている。
「お前には頼りっぱなしなんだよ」
眉を下げてクシャりと笑う。元々タレ目な男は眉まで下がると情けない顔になった。
情けないが、嫌いではない。
「役儀交付式の夜にも言ったろう、俺を支えてくれるのはお前しかいないと思ったって。そんなことを思うのは、生まれて初めてなんだ」
初めてなのか。それは知らなかった。この男のことだから、昔から要領よく人を使いながら生きているのかと思っていた。
「それまでは何でも出来ると思ってたし、実際出来てたからな」
何でも出来たなんて、傲慢な男だ。
「初めてなんだよ。『支えて欲しい』と思うのは。『支えになっている』と思うのは」
遠くで仲間たちの喧騒が聞こえる。男はエリオットが返事をしないのも気にせず、淡々と話し続ける。
「妹は可愛い。庇護してやりたいと思う。甘やかしてやりたいし、助けになりたいと思う。でも、妹に俺を支えて欲しいとは思わない。俺なんかに気にしてないで、自分が幸せになるためのことに意識を向けて欲しい」
僕の前で妹を大切に思う話なんかするな。腹が立つ。
「でもお前だけは違う。お前には、俺を支えて欲しいと思っている」
「……」
「支えてやりたい。甘やかしてやりたい。世話してやりたい。大切にしたい。そう思うのは一緒だ。けど、俺のことも支えて欲しい、助けて欲しい。──そう思うのはお前が初めてだ。お前だけなんだよ、エル」
「…………まどろっこしい。話が長いんだよ……」
ようやく口を閉ざしたダスティンに向かって、まず口に出たのは文句だった。
「言っておくけど、僕はお前を助けようなんて思ったことは無い」
「そうだな。俺が勝手に助かってるだけだ」
「これからもお前を支えようなんて思わない」
「それでいい。お前がいてくれるだけで、俺の支えになっている。お前はそのままでいてくれ。それだけで、充分だ」
自分は別に対等じゃないことを不満に思った訳では無い。この僕がこいつなんかと対等な訳が無い。ただ、妹と同列に扱われるのが我慢ならなかっただけだ。いつでもどこでも僕が一番でないと気が済まないから。
だからこいつの言葉は回答になってない。
……けど、まぁ、いいか。
「一番」じゃなくて、「唯一」も、悪くない。
他に比べる相手がいないなら、どちらにしろ僕が一番だしな。
他のやつにかまけてたら、無理矢理にでも僕のことを優先させてやればいい。
「それに、今、誰よりも甘やかして大切にしてやりたいと思ってるのはお前だよ」
「……!」
くそ。なんでこいつはいつも、欲しい時に欲しい言葉をくれるんだ。さっきまで話ずれてたくせに!
「だからたまには、俺も甘えさせてくれ」
でかい体を擦り寄せてくる。
いつもは邪魔だと払い除けるが、今はなんとなく、まあいいか、とそのままにしておいた。
たまたま今日は気が乗っただけだ。別に深い意味などない。
けれどそんな強がりを見通しているかのように、男は優しく笑うのだった。