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小説
ピアス
「ピアス。とって」
団長のテントは他の団員よりも少しばかり大きい。それに合わせてベッドも大きめだ。
その大きなベッドを我が物顔で占領する者が一人。
クイーンことエリオットである。
「え?」
ベッドはもはやいつものことなので気にしていない。
急に命令しだすのもいつものことだ。
しかし、いつもその命令には何か意味がある。今回は一体どうしたのだろうと目顔で問う。
「そのピアス。妹から貰ったんだろ」
「あ、ああ。そうだけど」
「あいつらから貰ったもん、僕といる時に身につけて欲しくない」
先日妹がサーカスに訪ねてきた時に若干機嫌が悪くなったのは知っていた。その後妙にギクシャクしてしまい、それでもなんとか機嫌を直してくれたと思ったのだが。
まさか、まだ気にしているのだろうか。妹とエルは全然違うと説明し、納得してくれたはずなのに。
「こないだも言っただろう? 初めてのプレゼントだからつけているが、それだけで大きな意味もな…」
「大きな意味ないんなら取るくらいいいだろ!」
癇癪を起こしたように言う彼に若干の驚きを覚える。理不尽はいつものことだが、今日はいつにも増して機嫌が悪いようだ。
「お、おう…」
外すまで許さないとでも言いたげに睨みつけられながら、両耳につけたハートのピアスを外した。
難しいショーの間は万が一のことを考えて外すこともあるので、別に珍しいことでもない。
しかしエリオットはうまく芸を見せた忠犬に向けるような満足げな表情で一つ頷くと、どこからか小さな箱を取り出した。
「…これ。」
「なんだ?」
「いいから。開けてみて」
ベロア生地で手のひらサイズのワインレッド色の箱。
開いてみると、中には小ぶりだが輝く石のついたピアスが入っていた。
「……今度から俺といる時はそれ、つけて」
思わずまじまじと顔を見る。
エリオットは照れくさそうな、悔しそうな顔で俯くように横を向いている。
その横顔は、赤く染まっているように見えた。
驚いたが、嬉しい。
自分ばかりが彼を必要としていて、彼はそれを受け入れてくれていると思っていた。
だから、こうして彼から少しでも独占欲のようなものを見せられると、嬉しい。
人のためになんか動こうとも考えない彼が、自分のためにプレゼントを用意してくれていたことが、嬉しい。
思わず笑みが満面に広がる。
「……ありがとう。嬉しいよ。今つけていいか?」
「いいから!」
ベッドに座ったまま裸足で蹴られるが、痛くもなんともない。
可愛いなあと思いながら輝く石を身につけた。
「どうだ? 似合ってるか?」
そう彼に向けば、俯いていた顔をクイとあげ、偉そうに、足を組んでふんぞり返っている。
「当たり前だろう? この僕がお前に似合うと思って選んだんだから」
その満足そうな顔に、思わず見惚れてしまう。
自信のある笑顔は、エリオットの一番輝いている表情だ。
「よかった。ありがとう。本当に嬉しいよ。お前といる時だけじゃなく、普段からつけさせてくれ」
「は? 妹のつけるんでしょ」
「さらに穴を開ければいい。両方つける」
「両方って…」
せっかく遠慮したのに、とか、両方だと意味が、とか呟いているが、エリオットと遠慮ほどかけ離れた言葉はない。妹に遠慮しろということか。
「妹のピアスも大切なものであることには変わりないからな。二人きりの時には外すから、それで許してくれ」
隣に座り肩を引き寄せると、「そういう意味じゃない!」と腕を跳ね除けられてしまった。
照れているようだから問題ない。もう一度強めに抱き寄せれば、大人しくこちらに体を凭せ掛けてくる。
ピアスのいい所は、取れにくく邪魔になりにくいところだ。
難しいショーの時はともかく、普段の練習やトレーニングの最中はつけている。ネックレスは逆さになれば外れてしまうしリングやブレスレット等もブランコに捕まったり物を握る際に邪魔になる。
ちょうどいいのだ。
「今度、俺にも何か贈らせてくれ」
「いらない。あんた、センス無さそうだし」
「容赦ねえなぁ」
腕の中に身を任せつつも鋭い言葉に、苦笑が漏れる。
確かに、アクセサリーのセンスに自信があるかと言われれば、否だ。
「ま、この僕のためにどうしても貢ぎたいって言うなら、受け取ってあげなくもないけど」
「それは光栄賜ります」
照れ屋でプライドの高い女王様からのお許しが出たところで、何を贈ろうかと考える。
エリオットも自分と同様、アクロバットパフォーマンスを担当している。
贈るなら、同じように取れにくく邪魔にならないものがいいだろう。
ピアスの他に、もうひとつ。アクロバットに合うアクセサリーがある。
首輪だ。
首に付けるそれは、従属の証。
……お返しに贈るのは、どちらにしようか。
彼の白いうなじを眺めながら、愛おしげに新しいピアスに触れた。
◆◆◆
宣言通り、両耳に新たな穴を増やし、常に妹のピアスとエリオットが送ったピアスがキングの耳に並ぶようになった。
彼が妹の存在を常にちらつかせているのが目障りで送ったピアスと並んでいるのを見ると、どうにも複雑な心境になる。
自分が送ったのはあんなダサくてデカくて大の男には似合わないハートのピアスとは違い、小ぶりで洗練されたものだ。
そのため並んでいてもお互いの存在を邪魔しあうことはないのだが、サイズが小さいせいでなんとなく妹ピアスの引き立て役になっているような気がする。
……納得いかない。
いっそつけてくれない方がまだ諦めがついたものを。
今は2人になったら妹ピアスを外してくれるからまあよしとしよう。
でももう1つくらい何かつけさせよう。そしたら1対2で、自分の方が多い。
あのダサいハートすら引き立て役にするような、それでいて全体に調和して彼に似合うものを。
そんなことを密かに決意するエリオットだった。